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2009年1月24日 (土)
番組案内(訂正あり)

ボクの故郷の島の物語、放牧ブタの話です。
(訂正)
今晩と書きましたが、明日の深夜でした。ごめんなさい。

NNNドキュメント09 海を渡ったブタ~自立をめざす万葉の島~
1月26日(月) 午前 0:55~1:25 日本テレビ
~山口放送制作~
<みどころ>
山口県上関町祝島。万葉集にも歌われた島は1000年を越える人の営みをつないでいきました。
しかし、過疎化の波は、この瀬戸内の離島にも押し寄せ、25年前、1,300人いた人口は今520人。
4人に3人がお年寄りの島となりました。
 島を離れ、北海道で牧場長を務めていた58歳の男性がおととし2月、母親の介護のため、41年ぶりに島にUターンしました。久しぶりに見た故郷の棚田は荒れていました。かつて島にいた家畜もいなくなってきました。
 祖父や父が遺した棚田を再生させたい。そして島の営みを将来につなぎたい。男性は、島に家畜のブタを持ち込み、荒れ地に放しました。
 海を渡ったブタは、次々と島の人々を巻き込んでいきます。過疎化の現実と向き合いながら、「ふるさとの島を守りたい」と願う人々の「自立」への道のりを描きました。

もう1本、これもお勧めです。
山で最期を迎えたい ある夫婦の桃源郷
1月25日(日) 午後 16:25~17:25 日本テレビ
第4回 日本放送文化大賞 テレビ部門 グランプリ受賞~山口放送制作~
<みどころ>
田中寅夫さん(93歳)、フサ子さん(88歳)。山口県、中国山地の山奥に、ふたりの山はありました。 終戦から間もない頃、復員した寅夫さんはフサ子さんと一緒にふるさとに近い山を買い、夫婦で切り開きました。「食べてゆくだけのものは、自分で作りたい」
自給自足の生活です。そこで3人の娘たちを産み育て、親兄弟を呼び寄せ、貧しいですが賑やかな日々を送りました。 高度経済成長期に入った頃、娘たちの将来を考えて家族で大阪へ出ました。しかし夫婦は還暦を過ぎると、都会の生活を捨て、また不便な山に戻ったのでした。「自分らしく老いてゆきたい」それが理由でした。 電気も水道も通っていない、山奥の小屋住まい。何の気兼ねもないふたりだけの生活が続きました。 夫婦には大阪で暮らす3人の娘たちがいました。「山を下りて欲しい」「大阪で同居しよう」と娘たちは言い続けました。寅夫さんとフサ子さんは拒み続けました。しかし少しずつですが、ふたりは確実に老いてゆきました。時が、経ち、90歳に近づいてもなお山の暮らしにこだわり続ける両親を見て、3人の娘たちの気持ちは変化していきました。娘たちもすでに孫を抱える年齢になり、親たちの生き方を受け入れ、背中を押すようになったのでした。夫の寅夫さんは病に倒れてもなお、山に執念を燃やしました。信念を貫こうとする親と、支える娘たちの生活が続きました。「いい人生の歩き方を教わった」「自分たちもそう生きたい」「親から生きる力をもらう」という娘たち。親と向き合い、親を看取ることで、自らの生き方と向き合いました。
 終戦後、夫婦で開拓した山で最期を迎えたいという夫婦とその娘たちの17年間を取材したドキュメンタリー番組です。

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コメント

「ある夫婦の桃源郷」感動してみました。
おじいさんが亡くなった事も覚えていない認知症のおばあさんの
山に向かって「おじいさ~ん、おじいさ~ん、」と何度も呼びかける場面は心に打たれ忘れられません。泣いてしまいました。
いい番組のご紹介に感謝します。

投稿: ねこの鈴 | 2009年1月26日 (月) 21時13分

ご覧いただきありがとうございました。

投稿: ねこ屋亭主 | 2009年1月26日 (月) 21時50分

初めてメールさせていただきます。「ある夫婦の桃源郷」、自分は仕事でしたので母に薦めました。とっても良かったと仕事から帰った私に番組の内容を興奮して話してくれました。
久しぶりにいい番組を見たと喜んでおりました。ありがとうございました。
またぜひオススメがございましたらよろしくお願いします。

投稿: モモちゃんとプー | 2009年2月 2日 (月) 09時50分

モモちゃんとプーさん、
お母様に喜んでいただき、嬉しいです。よろしくお伝え下さい。

投稿: ねこ屋亭主 | 2009年2月 2日 (月) 09時59分

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