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2010年3月28日 (日)
毒ギョーザ事件

容疑者が捕まってホットしました。長くかかりすぎました。国と国がなじりあいながら、両国間のトゲになっていました。
この報道で抜け落ちている視点があります。
安さを求める日本の企業、そして同じように安さを求める我々の消費行動です。
日本人も、間接的にこの犯罪に荷担していると思うのです。
この食品会社を支えたのは安い賃金で働く臨時工だったそうです。
臨時工としての容疑者の賃金は1ヶ月約1万円。この賃金に対する不満が犯行の引き金でした。
製品の安さの裏には、どこかにしわ寄せが来ています。過酷な労働に耐える臨時工がいて、我々は安いギョーザを食べることが出来ます。
しかし、それでいいでしょうか。それは経済原理だから仕方ないことでしょうか。
昨年から何回もEthical(倫理的な)という概念を書きました。
ギョーザの製造過程で虐げられている人がいます。でも、安いし美味しいし、いいじゃないの、といって食べますか?それは、倫理的に間違いではないでしょうか?という問いかけです。

チョコレートの原料であるカカオ豆の農場では、子どもたちが過酷な労働を強いられています。
世界のチョコレートメーカーが、子どもを奴隷のように使う農場からは豆を買わない、と言い始めています。農園主は、慌てて農園に小学校を作って子どもに勉強させてたりし始めています。

ギョーザを輸入する日本の業者も、労働者に適正な賃金を払っているのか、払わなければギョーザは買わない、というくらいの指導が必要ではないでしょうか。それは先進国の責任でもあると思います。

昨年、960円のジーパンが売り出され、あっという間に売り切れになりました。
東南アジアのどこかの国で、寮に詰め込まれ、安い賃金で長時間働かされる縫製工場の少女たちがいるから出来るのです。
このジーパンを喜んではく人は倫理的ではない、と思います。

なぜこんに安いのか、立ち止まって考えてみれば、どこかに犠牲者がいることがわかります。
事件の裏に存在するものを報道して欲しい、それが抜けていると、今朝の新聞を読みながら思いました。

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