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2011年2月17日 (木)
電車の中で

夕方、中央線で新宿へ向かいました。
途中駅から二人連れの女性が向かいの席に座りました。
70過ぎのお母さんと40過ぎの娘さんで、黒のコートに、中の洋服も黒に見えます。二人とも、表情に悲しさが滲み出ています。身内が亡くなって通夜か葬儀に向かっているのだと分かります。
お母さんは、ときどき隣の娘さんへ一言二言声を掛けますが、娘さんは無反応で「声を掛けないで」と言っているようで、今にも涙がこぼれ落ちそうな様子。

ボクもなんだか悲しくなって、ipodを取り出して目をつむって音楽を聴き始めましたが、二人が気になって、何の音楽を聞いているのか分かりません。ときどき目を開けて観察します。同じ状態の二人です。
だんだん深く落ち込んで行きます。

親しい人がこの世から消えていなくなる、それは寂しいことだ。悲しいことだ。
これを越える寂しさはない。

ボクは新宿で降りましたが、二人は、多分東京駅へ向かったのだと思います。
ボクは、ホームにしばらく立っていました。
気分を立て直したかったからです。
食事の約束をしたのは、若い独身女性。(自慢)
楽しいはずの食事がまずくなる、と思いましたが、気分は直りません。
仕方ないと、覚悟を決めました。
このことを話題にしようと。

電車は、いろいろな人生を運んでいる、という話から始まりました。
そして、それぞれが、みんな、必死で、一生懸命、生きているのだ、と続き、話は自分たちへ跳ね返りました。
人生は、勇気をだして顔を上げて生きるのだと、前向きな会話が進行し、楽しい食事になりました。
食べたのは、スエーデン料理。スモーガスボード方式(バイキング)。ニシンの酢漬けが美味しかった。
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コメント

読みながら私も涙が出そうになりました。
神さまは私たちに、金持ちだろうが家無しだろうが、どの国にどんなふうに生まれようとも、皆平等に限られた命を与えられている。限りある命を大切に、幸せをたくさん感じて生きていきたいですね。

投稿: momo | 2011年2月17日 (木) 08時52分

いま、佐野洋子さんの「役に立たない日々」を読んでいます。人はみな平等に死んでゆくものと、後期高齢者となり先が見えてきたとはいえ、まだまだ先があるようにも思われて、旅に出る計画など考えている自分。本の中に「私は死ぬのは平気だけど、親しい好きな友達には絶対死んで欲しくない。死の意味は自分の死ではなく他人の死なのだ」と書いています。いずれにしても死とは悲しいできごとです。

投稿: クロちゃん | 2011年2月17日 (木) 11時56分

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